強迫性障害は天才肌でこだわりの病気

海外セレブにステータス扱いされているという強迫性障害

 

何故ステータスとして扱われるのか考えてみた。

国内でも海外でも著名人で強迫性障害を患っている方は沢山います。少し前にこのようなニュースを目にしました。色々考えさせられる部分は色々ありましたので紹介させていただきます。

 

参考記事>>セレブの間では強迫性障害がステータスに?(livedoor News)

 

この記事が本当であれば強迫性障害で本当に悩んでいた過去の私ですら悲しくなってしまいます。この記事内で精神病医学者のコメントも記載されていますが、軽々しくこの強迫性障害について語ることにストレスを感じると言っていますが、本当に悩んでいる場合、私もそうでしたが殻に閉じこもってしまう程自分自身の行為が恥ずかしくて口に出来ないのではないかと思ってしまいます。それが一般人とセレブの違いなのでしょうか?

 

自己判断で強迫性障害を患っていると判断しているセレブも中にはいるようですが、自分が強迫性障害かな?と思った場合はなるべく早い段階で医療機関に相談するべきだと私は思っていますし、悪化した後に診察してもらった場合は合併症を引き起こした後だった私にはこういった話は心がソワソワとしてしまいます。合併症は非常に怖いですし厄介です。

 

色々なセレブが自分自身の症状について語っていますが、中にはこれは強迫性障害ではないのではないかと思ってしまうコメントもありました。

 

もし人と違った性格や考え方としてのステータスとして強迫性障害を取り上げられているのであれば非常に悲しいです。ですが強迫性障害はまだまだ認知度は低いので大きく取り上げられてこういった精神疾患で悩んでいる方々がいるので協力できる世の中に変わっていったらいいなと思っていたり、私の心境としては複雑な思いといったらいいのでしょうか。

強迫性障害=几帳面だけではない。

こうやってニュースサイトなどで強迫性障害の記事をチェックしていると色々気付かされる事が沢山ありますし、一般的な考え方と患っている人の温度差が大きく違うことも感じ取る事ができるのでついつい考え込んでしまいます。
もうひとつ記事を紹介しますがこれはサッカー界で非常に有名で強迫性障害を患っているとしられているデヴィット・ベッカム氏に対する記事ですが、英メディアは強迫性障害のせいか?と報じているようですが、私は後者に書いてある見解が正しいと感じています。

 

参考記事>>デヴィット・ベッカム、ジムでも几帳面だった。インストラクター証言(livedoor News)

 

私は後者の見解のほうが正しいと言い切れるような気がします。私自身の経験も踏まえた上での意見なのですが、強迫性障害は確かに几帳面である傾向が非常に高いのは事実なのですが、自分の事より他人に尽くす事が非常に多いからです。

 

確認してしまう強迫観念も加害恐怖もそうなのですが『周りの人に迷惑をかける事』が非常に不快で礼儀正しいというのも自分の発言で周りが傷ついてしまわないようにといった配慮からなのだと思います。つまり強迫性障害=几帳面という言葉で片付けるのではなく、ただ単純に人に優しくなりたいといった願望からなのかもしれません。

 

強迫性障害を克服した今でもこういった『周りの人達への配慮する、尊敬する気持ち』は今でも変わっていません。強迫性障害を克服してもこういった気持ちの部分はいつまでも持ち続けたいものです。

 

毎日こういった強迫性障害に関するニュースは取り上げられたりしていますが、世間ではなかなか違った切り口で強迫性障害を認識している事も多々ありますが、正しい認識と強迫性障害だから〇〇〇なのか?といった決め付けのような言葉が1日でも早く解消できる日が来ればいいのにと心から思っています。


ホーム RSS購読 サイトマップ